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Owl Street Journal

すべての自由人に捧げる「ふくろう通り白書」。時代の変わり目に起こる出来事を左斜め下からブッタ斬り!

いわゆる森友学園問題

テレビは地デジ切り替えの頃、新しいテレビ買うどころか電気も止められそうな勢いでビンボーだったからそのままノーテレビ生活に突入。新聞はそれよりも前に「場所をふさぐから」という理由で止めました。

 

そんな私は、森友学園までの情報は追えていたけど、加計学園から一連の大疑獄につながる動線にいまいちついていけてません。

 

ただ、安倍首相は支持率がもっと下がってからやめてほしい。政権交代は今まで日本を支えてきた自民党的な思想や習慣に対する検証や集合意識的な反省のもとに行われるのが望ましい、と思っています。


今の流れで安倍内閣が総辞職したとしても、自公政権のままだと意味ないと思うのですが、かといってこのまま解散総選挙をしても民進党が政権を取れるだけの議席確保できるとは限りません。
それに今のままの民進党に政権についてほしいとも思いません。

 

政権交代、ということがリアルになってきた今、私たちには急激な成長が求められている。
それはまるで赤ちゃんがよちよち歩きのままベビーカーから放り出されるようなもの。

これが何の比喩かというと、観客民主主義から脱却し、実体としての民主主義を素手で手に入れる覚悟のことです。
政府や政治家にああだこうだと文句を言っているだけではなく、社会の仕組みを変えるために具体的な行動をして、その責任をも引き受けること。

 

これは怖いことですよ。
だって日本人のほとんどが経験したことないことだから。
少なくとも、私は怖い。

上手くいかないことは何でも安倍さんや自民党のせいにしていればいいという時代が終わることが。

 

血を流さずに民主主義を手にした日本人、と言われてるけど、血は大量に流れています。70年前の敗戦で。
そのトラウマが強すぎて、私たちは自分たちの戦争について受け止めることができなかったけど、今度こそ向き合わなければ。

そして、戦後の経済的発展と引き換えにしてきた大事なものを、取り返さなければ。
その「大事なもの」とは何なのか、一人ひとり丁寧に検証する必要があると思うのです。

そういうプロセスを経ないと、結局「誰が(政治を)やっても同じ」ということになり、民主党政権の二の舞にならざるを得ないでしょう。

それは避けたいよね。
森友学園の件は、私たちにとって大きなチャンスなんだろうけど、ピンチでもあると思います。

 

安倍退陣は手段でしかない。「その先どうしたいのか?」を考えながら行動しないと。
次の内閣を誰に任せるのか、影の支配者(?)の影響を少しずつ弱めるベクトルをどう選択するのか?
ワーッと盛り上がっても結局何も変わらなかったという結果が怖いです。民主主義がナメられてしまうから。

 

選挙のたびに投票率が50%を上回るかどうかが与野党の勝利を決定づけています。

「良い独裁者なら民主主義よりもそちらに政治を任せたい」

というのがサイレントマジョリティの声だとしたら、そのことの恐ろしさを私たちはもっと自覚した方がいい。